旅するトマト農家 織田茜のブログ

東京から夫婦で高知に移住(Uターン&Iターン)。2017年4月から夫婦でトマト農家になりました。

移住支援というお仕事への期待と現実

      2016/04/18

高知での就職活動をスタート

 

旦那さんと二人の生活を始めようと考えていた頃から、私は就職活動を始めました。

通っていた農業研修もそろそろ期間満了の時期だったこともあり、時間を持て余すよりは、生活のためにも働いた方がいいだろうと考えたからです。

そして、「お仕事を通してお友達ができたら高知での生活も楽しくなるかもしれない」

そんな期待も込めての就職活動でした。

というのも、移住して約8ヶ月、農業研修と同居先の往復の毎日を過ごしていた私は、旦那さん以外に本音で話せる友人がまだ一人もいない状況でした。

そんな時に、たまたま二人で暮らすためのマンションを借りた地域で移住支援のお仕事の募集を見つけました。

「移住者の私だからこそ、同じ立場の移住者の方たちの想いを理解できて、少しでも力になれることがあるんじゃないか」

そう思って応募したところ、有難いことに内定を頂くことになりました。

2015年4月。

移住支援スタッフとしてのお仕事が始まりました。

 

高知を好きになりたかった私

 

私が移住支援スタッフの求人募集に応募したのは、

「移住者の経験を活かして、移住を考えている方の力になりたい」

ということ以外に、もう一つ理由がありました。

それは、「旦那さんが愛する故郷・高知を好きになりたい」ということ。

相変わらず高知になじめないままの私でしたが、できるなら「高知っていいところだね」って笑顔で言いたい。

きっと、私が高知のことを好きになれないのは、心を許せる友達が誰一人いないアウェー感だけじゃなく、高知のことを知らないからなんじゃないか。

高知のことをもっと良く知ったら、少しずつでも好きになるんじゃないか。

そんな期待も込めてのお仕事でした。

 

移住支援スタッフとして力不足を痛感

 

移住支援スタッフを始めてからは、とにかく必死でした。

苦手な車の運転(当時の私は初心者マークでした)、東京時代とは異なる仕事の進め方、地域性や気質の違いへの戸惑い・・・etc。

お仕事に就く前は、「移住者だからこそ寄り添える部分がある」と思っていました。

でも、その土地に根付いておらず、地域も住民の方もほとんど知らない私には、移住検討者ならびに移住者の方の力になることがなかなかできませんでした。

移住支援スタッフなんて名ばかりの存在で、何の役にも立てないことがすごく情けなく思えました。

そして、この時期に私を苦しめたのが、同じ移住者のみなさんとの比較でした。

私が出会った“移住者”のほぼ全員が、「高知、もしくはその地域が気に入って移住してきた」という方ばかり。

「高知っていいよね」「高知の○○なとこが好き」と笑顔で言う移住者のみなさんが私にはもう眩しすぎて。。。同じ移住者でも私とこんなにも違うのかと驚きつつも、羨ましくなりました。

 

高知を好きになりたいのに、好きになれない。。。

 

私は、高知になじめない自分の適応力のなさが嫌でした。

旦那さんの故郷を「好き」だと言えない自分が、すごく意地悪く思えて嫌いでした。

でも、高知を好きになりたくて始めたお仕事なのに、心を許せる友達ができるどころか、むしろ違和感ばかりが募っていきました。

日々大きくなる違和感や慣れないこと、苦手なことの毎日に、自己肯定感は極端に低くなっていきました。

そして、「高知を好きになりたい」という想いとは裏腹に、「高知を好きになれない自分」がどんどん存在感を増していきました。

それでも、移住相談会などに行けば、「いいところですよ~」と作り笑顔をして言っている私。

高知を好きになれていない私が、移住支援スタッフという立場があるとはいえ、高知を好きな振りをしている。そのことが、とても居心地が悪く、どんどん窮屈さを感じるようになりました。

今日はここまで☆

このブログを見ているあなたとのご縁に感謝を込めて。

 

このブログを書いている人

織田茜
織田茜
元表参道OL。長年暮らした東京から2014年7月に高知県に夫婦で移住。
2017年4月から、夫婦でトマト農家になりました。
“自分らしく、毎日を楽しむ”をテーマに、日々を過ごしています。
移住先の高知でのお気に入りは、芋屋金次郎のスウィーツ。

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